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 アニメ版さよなら絶望先生の記憶もまだ新しい気がする昨今、あのアニメのOP,EDは毎度毎度変化があったりして今までにない楽しみ方を与えてもらったなぁ、と私は思っています。1クールの内にあんなにポンポンとOPが変わるアニメというのに、初めて出会いました。遡れば似たような作品があるのかもしれませんが、私は知りません。

 アニメのOPというと、2クール物であれば2クール目に変わるものが多いですよね。2クール物でOPを変えないと「OP変えねーのかよ」なんて声もチラホラ聞かれるようなご時世だと思います。OPを変えるのは確かに変化を与える意味でいいでしょう。しかし、OPを変えないことで与えられる印象というのも確かにあるのではないかと思います。

 深夜帯のアニメとゴールデンのアニメを比較するのはどうかと言われちゃ確かにアレなんですが、ドラえもんになんかは長い間OPを変えない場合が多いですよね。OPの画は挿し替わっていても曲が一緒だったりとか。今のドラえもん世代にはもう馴染みないかもしれませんが「あん、あん、あん、とってもだーいすきードラえもーんー」はあまりにも馴染み深いフレーズです。ドラえもんほどの長期作品だからこそ愛着が生まれるのでは?とも思いますが、僕なんかは2クール物でもOPを一貫されると愛着が沸くものです。

 またそれはエロゲにも言えることで、エロゲでは続編ってものがまず少ないようにも思いますがFDや2になった場合、OP曲なんかをそのまま用いられるとそれだけでグッと引き込まれることもあると思うんです。『ToHeart2 AnotherDays』なんかはモロにそうだった訳ですよ。画も殆ど変わってなかった(?)のもあれはあれで好かったと感じています。

 失敗例(?)で言えばキミキスなんかはEDを変えたことで結構ブーイングがあったように思いますね。2期のEDも曲は確かに好かったのですが、1期のEDがあまりにも嵌りすぎていたので変化についていけなかったというか、あそこまで嵌っていたなら帰る必要もなかったんじゃ?と思わされました。

 「作品をどのように楽しませたいのか」ということを考えた場合、OP,EDって結構重要だと思います。クールの変わり目や続編で変えるのも手だけれど、変えないのもまた一つの手だと言えるんじゃないでしょうか。
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 好きな言葉集より ――― その言葉は、いつか誰かを殺すかもしれない。

言葉は凶器である。時として肉体的な暴力を上回るものである。
そもそも人類は言葉という伝達方法を用いなかったと聞く。
前時代の伝達には動作を用いるものが主だったとか、もっと優れたものがあっただとか、様々な説があるらしい。
人は言葉を手に入れたことで、伝達に齟齬が生じているのではないかと考えている人も居る。
だが僕はそうは思わない。優れているからこそ残ったのだと思いたい。
凶器になりえる力があるのだから、使い方さえ誤らなければ素晴らしい伝達手段だと思うのだ。
しかし、残念なことに全く誤らないわけがない。

誤れば誰かを殺すことになるかもしれない。大げさかもしれないがないとも言えない。
誤らなくても誰かを殺す可能性はある。
そう考えると、現在時代を席巻している"インターネット”というものが恐ろしく思えてくる。
あちこちで言葉が飛び交っている。その億、いや兆を超える言葉で誰かが殺されているかもしれないのだ。
それを踏まえた上で、あなたはインターネットというサービスを使用しているだろうか?
少しでも心の中に、そういった危惧があるだろうか?
今一度考えて欲しいものである。

僕はよく考える。
ここでEnterKeyを押すことで、誰かが酷く傷ついてしまうかもしれない、と。
時に躊躇う、時にはEnterKeyを押せずに終わってしまう。
それでも僕は言葉を綴る。
誰かの心に、傷以外の、もっと素敵な何かが残せるかもしれないからだ。
可能性があれば、可能性に賭けたい。
誰かが笑ってくれるような、時には泣くような、大事な何かを刻めるような、言葉を綴りたい。
そう思う限り、僕はインターネットという壮大で残酷な箱庭で語り続けるだろう。

僕の文章を読んでくれる貴方へ。
どうか僕の想いが、僕が思う正しさで、届きますように。


 というエントリーを1~2年温存していたらTVでどっかの偉いおじ様が似たようなことを仰るような時代になっていました。引用文は僕がまだ創作メインで活動していた時期に書いたもので、結局どこにも出せずに終わってしまったものでもあります。このブログに移ってから手直ししようしようと思っていたんですが、何分時間が経ちすぎていることも有り、手直しせず引用という形を取りました。

 なぜ手直しできないかというと、書いた頃の自分に、今の自分を上手く重ねられないからです。僕は昔に比べて、言葉に対して軽くなったのかもしれませんね。今はどちらかといえばこちらの言葉に共感できるような気がしています。

コメ欄より>一億二千万人中の1人に影響を及ぼすような表現を規制しろという話はかなりあほらしい<これに尽きる。たった一人の人間に影響を与える可能性はそりゃ何にでもあるわけだが、それは普通のケースじゃないわけで。(―Naoki Takahashi氏)


 「確かに」と思いました。ですが、ブログ等に置いても同じように考えてもいいんでしょうか?ブログによっては伝えられる範囲がある程度定まって居たりとか、制限をかけていたりもします。"誰に伝わるかハッキリ分かっている状態"で同じように考えていいものでしょうか。と問われれば、なんともいえません。

 うーん……。文字にすれば、エントリーとしてしっかり起こせば。もっと考えがまとまるかとも思いましたが進展はありませんでした。インターネット上で発信する言葉、どの程度気をつけられているものなんでしょうか。どこまで気をつければいいんでしょうかね。
 トラックバックやはてぶ、ニュースサイトを介しての幅広い言及など、ネット上での話題の広がりの速度は他の何物よりも勝っているように思います。様々な人の声、声。声を聞いては新たな自分の声とし、ブロガーは延々と答えを探し求めているように見えます。

 しかし当たり前みたいなことですが、プログラムや数学ならともかく世の中の多くの問題に正解と呼べるものはそう多くないように思います。あるのかもしれませんが、やすやすと辿り付けたりはしませんよね。(ここでの「正解」は全ての人とまで行かなくとも誰もが納得できそうな解、とします)

 では何を求めて、ブロガーはエントリーを書き、トラックバックをし、またブックマークをするんでしょうか?私は「自分なりの正解を追い求めていくのかな」と思います。人の声を聴いて、例え180度違った世論だったとしても、自分なりの正解を探して声を発していく。批判されても、声を出し続けるような。その声がどちらに傾くかは人それぞれだと思いますけどね。

 また、自分という生き物も変わっていく訳ですから、変わっていく中で変わって正解を記録する、という意味もあるのかもしれません。なんて、思いました。私も自分なりの正しさを追い求めていけたらなぁ。などと思います。
 確か、確かですけど表向きはエロゲも中古品の売買は禁止でしたよね。では、ロットアップした作品はどうやって手に入れればいいのか。どうやって手に入れてもらうことを望ましいと、業界は考えているんでしょうか。

 中古品の売買禁止と言っても、エロゲ販売最大手のソフマップが堂々と中古品の取り扱いをしている以上、黙認状態なんだろうとは思います。なので中古で手に入れてくださいというのが表と裏の丁度間というか、本音なのかもしれないですね。

 ですが「中古ってちょっと……」と思う人は結構いると思うんですよね。発売直後であれば未開封品もかなりありますが、時間が経つほど未開封中古は減っていきます。当たり前のことですね。「エロゲってほら、アレじゃん。そうやって触られたものは……」って人は確かにいるんです。僕の大学時代の友人がそうだったはずですしね。また僕自身も元々はそういう思考を持った人間でした。では、そういう人間はどうやってエロゲを入手しているのか?簡単です。ネットを通しての不正入手ですよ。

 更に言わせて貰えば、経験談から察するにそうやって不正入手をする人間は大抵新品にも手を伸ばしません。流れからすると変なんですが、買わない人間っていうのは買わない理由をアレコレ言うんですよね。

 業界の不正流出被害について、はっきりとした数字は分かりませんけど酷いという話は聞きます。高橋直樹さんが本当酷いよってことを以前書いていらしたのが印象的です。確かに酷いんでしょう。酷いんでしょうけど、中古でも手に入らない場合には、止むを得ないのかなと思ったりもするんです。

 先月に再販が決まった『SWAN SONG』は3000本しか出荷していなかった。という話を聞きますが、それであの話題性と考えると不正流出のほうが上回ってるんじゃ?とも思ってしまいます。僕もいつか手に入れたいと考えていましたが、2万の札が貼ってあるとどうしても手が出ませんでした。まぁあまり裕福な状態ではない所為でもありますが、不正流出の打撃は大きいようだけどロットアップされたら……とも考えましたしね。

 ロットアップは早い。再販もなかなか無い。だから不正流出品に手を出す人間も出てくる。不正流出が増えるほどメーカーは潤わなくなる。潤わなければ出荷数は減るでしょうし再販にも踏み切りにくくなるでしょう。悪循環だと思えます。

 不正流出について業界の方がどう考えているのか、もう諦めているのか、分かりません。ですがエロゲのロットアップが他の商品に比べ早いのはユーザの責任でもあるのかもしれません。売れなければ作らないのは当たり前ですからね。だからユーザの皆さんはできるだけエロゲを買っていきましょう。ユーザにできることっていうのはそれしかないと思いますし、そうすることで手に入るソフトが増えるかもしれませんしね。



【追記】-08/07/23/01:15
 今回の記事の冒頭に置いて「エロゲの中古販売は禁止だったはず」という記述をしていますが、これは間違いだったようです。自分でもはっきりしないまま書いたので文頭に「確か」を重ねるなど非常に下調べが足りないエントリーとなってしまいました。申し訳ありません。また、ご指摘して頂いた方々、本当にありがとうございました。

 以降、面倒くさがらずに調べた後に記事を起こすよう心掛けたいと思いますので、ご覧にになってくださる方々、これからも何卒よろしくお願い致します。
 世の中寡黙な人も居るでしょう。喋るのが苦手な人も居るでしょう。まぁ何を隠そう私も喋るのが苦手な人間な訳ですが。しかし、人と人とを繋ぐツールで現在最も好まれ、且つ最も使用されているのは「言葉でのやりとり」であり、電子メールやチャットなどがどんなに流行ろうとも「会話」こそが最強のツールであると僕は考えます。

 僕は沈黙をそれなりには好む人間ですが、やはりそれはある程度知った仲でのことで、もっと上手く会話できれば……と思うことは多々ありますし、もっともっと話したいと思うことだって沢山ある。そして何より会話を聞くことも大好きなんですよね。

 では、会話を楽しめる創作と言ったらなんだろう?ドラマ?アニメ?小説?個人的にはどれもしっくりきません。やっぱりエロゲですよ。エロゲの圧倒的なその分量の中の多くを「会話」が占めているんじゃないでしょうか。エロゲをエロゲたらしめてる一つの要素といっても過言ではないと思います。

 シュミレーションやアクションなんかもありますがエロゲの大部分はADVですし、なぜそうなのかと考えると「会話することによって変化していく関係を楽しむため」とも考えられると思うんですよね。というか僕はそうなんです。

 僕は極度の寂しがりなので、音楽に耳を傾けているよりは人の騒がしさ、声に耳を傾けている方が心が落ち着くんです。だからTVも大抵付けっぱなしです。街のざわめきが好きだし、電車の中のささやかな話声も嫌いじゃありません。人の声が大好きなんだなぁ。勿論、静かな場所に居たいこともありますけどね(笑)

 と、いうことで。私は「もっともっと人の会話を聴きたい」そんな風に思ってエロゲをプレイしているのかもしれません。しかもただ会話があるだけじゃなく、会話を通して変化していく人間関係がある。面白いじゃないですか!暫くはエロゲライフから抜け出せそうにありません。
 昨晩twitter上で話したんですが、初心者向けエロゲというのはあるんでしょうか。僕は初心者向けと言えば王道物で、ToHeart2辺りが手堅いんじゃないかと思っていましたが、果たして本当にそうなんだろうか。

 王道物王道物と言ってもそれを求めていない人も勿論いる訳ですよね。鬱ゲだったり泣きゲだったり陵辱だったり抜きゲだったり。エロゲと一口に言ってもジャンルは多種多様にある訳です。だから「これ!」という一本は存在しないのか。

 ジャンル毎のオススメと言って思い出したのが「エイティーン 入門のエロゲーR2」 全17タイトルです。陵辱系は全然やらないので分かりませんが、若干押しが弱い気もします。でもジャンル毎の初心者向けと言えそうでしょうか?

 僕は言えるような気がしてしまった。けど、本当にそうだろうか?ここから入って大丈夫だろうか?ここに上がっているソフトは最上とは言えないかも知れないが、良作と呼ばれる物だと私は思います。良作、良いものから入って、次に買ったもの。その次に買ったものが地雷と呼ばれるような駄作だったら?最初が良かった分、落胆も大きくなってエロゲユーザとして根付くことはなくなってしまうかもしれない。

 そう考えると「初心者に向ける」とは簡単に言えないと思うんですよね。他のどの創作ジャンルよりも「斑が激しい」業界だからこそ、どこから入るかは本当に難しいのではないか。と思います。
 
 外れなく薦める方法があるとすれば、それは身近でよく知った人へ「その後のエロゲ暦も考えて」薦めるしかないように思います。あとは地雷を踏んでも笑っていられるようじゃないとエロゲはそもそも向いてないと言えるかもしれませんね。
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